アラフィフいろいろありすぎ

精神の病を抱えて人生の道を彷徨うアラフィフ。中年アラフィフが何をどこまでできるのか

Photo No.277 / 友達のこと

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Fujifilm X-E2 + Super-Multi-Coated TAKUMAR 35mm F3.5

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こんばんは。皆さま今日も一日お疲れ様でした

今日が無事終わろうとしています

今日は一日、本当に何もしなかった感じです。休職状態にある今、仕事を探そうとA型就労支援を探そうと、動きようがないのをやっと頭が理解しはじめたからです。すぐに動きたいけど、動けない状態。それが今

とはいえ、気持ちが楽になったわけではありません。心は常に不安感と焦燥感に襲われています。ただ、今は考えても仕方がないので、とにかく休まなければいけない、と意識的に休むことだけ考えるようにしました。現像だけカラーを一本やりました

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自分には友達がいません。厳密に言うとひとりいるのだけど、頻繁に連絡を取り合う友達というのは一人もいない。よってLINEも基本的には妻からしかこないようなもの

そのたった一人の友達は、不思議な縁でつながっている感じの同級生の女性だ。もっと具体的に言うと遥か昔付き合っていたことがある女性だ

初めて出会ったのは16歳。高校入学して少しして出会った。部活で一緒になって仲良くなった人だった。そうして友達のまま高校卒業。が、卒業してから告白し、1年ほどお付き合いした。最終的には彼女のほうが別の男性を好きになり、別れることとなる。その後自分は大学を中退して東京へ出てきた。それからずっと、連絡を取ることはなかった。それもまあ当然といえば当然だろう。自分は捨てられた身だったわけだし、連絡を取るという発想自体がなかった

東京へ出てきて2年ほどしたときだった。ボロアパートにひとりゴロゴロしていたら、ドアチャイムが鳴った。出たら目の前にいたのは彼女だった。どこでどう調べてきたのかわからないが、突然自分の目の前に現れたのだ。彼女は彼女で辛い事があったらしく、泣きながらその後あった話をした。彼女も東京に出てきていたのだ。自分もこの2年にあったことを話した。その時から僕らは「友達」になった。同郷の友達。よりを戻すこともなく、友達という関係になった

それから数年おきに何かあるときは連絡しあっている。が、この3年半くらいは一度も連絡を取っていない。年賀状のやりとりぐらいしかないけど、やはり友達であることに変わりはない。かつて付き合っていたわけで、よく知った仲なので何でも話せるが、必要以上には話さない。つかず離れずの関係。それが自分と彼女の仲だ。なんせかれこれ35年近くの付き合いになるのだから。お互い50歳になってしまった、古い古い仲。彼女は今、年上の男性と結婚して幸せに暮らしている

彼女以外に友達はいない。元職場の同僚とは、数か月に一度LINEが来るけれど特に深い付き合いはない

友達が欲しい、と思うこともあるし、煩わしい、と思うこともある。が、話せる相手がいれば、とは思う。そういう意味では、上述のようなつかず離れずの関係が自分にはあっているのかもしれない、とも思う。べったりな友達はもしかしたら苦手なのかもしれない。ただ、友達がいないことで視野が狭くなっているのかな、とは思うので、それはマイナス面かもしれない

適度な距離感、というのがよくわからないのかもしれない。どこまで近づいて欲しいのか、どこまでなら近づいていいのか、そういうモノサシが自分はちょっと壊れているのかな、と。近づいて欲しい。深い友達になりたい。でもずっと近くにいられると困る、という単なるわがままなのかもしれないけれど、そういう友達なら、欲しい

●今日のメンタルポイント

行動力60点。ほとんど何もしなかった。家事を少しと現像をやったくらい。精神面40点。昨日より不安感・焦燥感は少ないものの、やはりふとした瞬間、心の隙間を狙って彼らはやってきて動悸と過呼吸が起きる。それでも昨日よりはましかもしれない。総合で50点

●本日撮った写真…0枚

累計 フィルム約35枚・デジタル178枚