アラフィフいろいろありすぎ

精神の病を抱えて人生の道を彷徨うアラフィフ。中年アラフィフが何をどこまでできるのか

Photo No.270 / 「Flare / Bump of Chicken」

f:id:leica13579:20210211131653j:plain

Fujifilm X-E2 + Super-Multi-Coated TAKUMAR 35mm F3.5

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

こんばんは。今日も一日お疲れ様でした

今日が無事終わろうとしています

昨晩は寝つきが非常に悪く、4時近くまで眠れませんでした。そして中途覚醒も3回あり、結局起き上がることができたのは12時を過ぎてからでした。これはあまりよくない傾向だなあ、と思いながら、今日やろうと思っていた片付けなどを軽くやり、夕方ウォーキングに行ってきました。小一時間歩いてきたけどモヤモヤは晴れずにすっきりしないままでした

明日は午前中健康診断で、終わったら出勤です。面倒くさいことこのうえない。まぁ出勤さえすればお金になるのだから、本当に「給料は我慢代」とはよく言ったものです。この苦痛をやり過ごせば、ちゃんと時給でお金がもらえるのだから、我慢するしかないですよね…。頑張れ、自分

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

昨夜のこと…深夜0時をまわってからですが、Bump of Chickenの新曲「Flare」の映像が公開されました。PVは歌詞付きとなっています

www.youtube.com

この新曲は、不倫問題で活動休止しているBUMPのベース、チャマのために作った歌だと言われています。なんでも「Flare」をポルトガル語では「Chama」というそうだ

BUMPの唄は、自分みたいな弱者の心に響く

以前、「HAPPY」という曲の自分なりの解釈を記したことがありました

leica13579.hatenablog.com

今回の歌詞の中にもやはり弱者の気持ちを代弁するようなフレーズがあって、深く心に染み入る曲でした

解釈、というほどの大袈裟なものじゃないですが、自分なりに感じたことを綴っていこうと思います。本当は歌詞の転載など良くないことはわかっているのですが

 

Flare / Bump of Chicken

作詞・作曲 藤原基央

 

もう一度起き上がるには やっぱり
どうしたって少しは無理しなきゃいけないな

一人じゃないと呟いてみても
感じる痛みは一人のもの

挫折から自分をもう一度起き上がらせるのは、とても大変なことです。厳しい状況のなかで乗り越えるためには、多少の無理する必要もあるのかもしれません。そしてそんな時、どんなに頼れる仲間がいて、どれだけ励ましてくれていても、胸の奥に感じる痛みは誰にも理解してもらえません。自分がずっと抱えていかなきゃいけない痛みです

自分にしか出来ない事ってなんだろう
終わったって気付かれないような こんな日々を
明日に繋ぐ事だけはせめて
繰り返すだけでも繰り返すよ

唯一無二の自分という人間だけど、それを裏付けるような「これが自分だ」というものを見つけるのは難しいものです。見つけられないから結局自分は平々凡々なただのひと、誰かに注目を浴びることもなくただ過ぎていく毎日。それがどんなに辛い日々でも、せめて今日を生きて明日に繋げる、ただ生きる、そのことを続けるんだ、と藤原さんは歌っています

何が許せないの 何を許されたいの
いつか終わる小さな灯火

葛藤を抱えている一人の人間としての迷いというか、いったい自分は何を求めているのだろう、というモヤモヤ感。そんなものを抱えながら生きている小さな灯火、それが自分

今 世界のどこかで 青に変わった信号
跳ねて音立てたコイン 溜め息 廻る車輪
誰も知らない 命の騒めき 目を閉じて ひと粒
どこにいたんだよ ここにいるんだよ
ちゃんと ずっと

そんな自分が生きている世界では、常にいろんな事が起きていて、常に命の営みが育まれていて、世界は常に動いている。なのに自分は動けないでここでじっと生きている。でも知ってほしい、自分がここにいるんだ、ということを。そんな気持ち

何回もお祈りしたよ 願い事
どうしたって叶わなくて 諦めてしまった
忘れやしないけど思い出しもしない事
あなたのための月が見えるよ

自分が抱いていた夢。神様にお願いもしたけど、叶わなくて諦めた夢。夢を抱いていたことは忘れたりしないけど、諦めてしまったからか、特に思い出す事もない夢。そういうのは誰にでもあると思います。そんなあなたを月が照らします。月のあかりは優しく降り注ぐ感じで、太陽のギラギラ感とは違う優しさがそこにあります

昨夜 全然眠れないまま 耐えた事
かけらも覚えていないような顔で歩く
ショーウィンドウに映る よく知った顔を
一人にしないように 並んで歩く

自分がどれだけ苦しい思いをしていても、表面上は何もないように装って過ごしていたり、小さな無理をしながら毎日を生きています。そんな時ショーウィンドウに映る自分の姿。せめて自分だけは自分を見捨てないでいこう、と「並んで歩く」と表現されています

何か探していたの そして失くしてきたの
細く歌う小さな灯火

自分は何をしたかったのだろう、夢を諦め失い、何を目的にすればいいのか。そんな迷いを抱える小さな灯火、それが自分の命

巨大な星のどこかで いくつの傷を抱えても
どんな落とし物しても 全部 塗り潰す朝
また目を覚ます 孤独の騒めき 落とさない ひと粒
壊れた心でも 悲しいのは 笑えるから

広い世界のなかの小さな自分という存在。失うものや無くしたもの、受けた心の傷、そんなもの全部抱えて生きているけれど、そういうものを覆い隠すように塗りつぶして朝はやってくる。孤独の騒めき、とは藤原さんらしい言葉の使い方だと感じます。独り、だけど、騒めき、モヤモヤ感をうまく表現しているような気がします。心が傷だらけでも、繕って笑うことができる自分を、悲しい、と表しています

どれほど弱くても 燃え続ける小さな灯火

そんな小さな小さな弱い自分。それでも生き続けている

また 世界のどこかで 青に変わった信号
拾われず転がるコイン 瞬き オーケストラ
黙ったまま 叫んだ騒めき 掌に ひと粒
壊れた心でも 息をしたがる体

世界は相変わらず目まぐるしく動いています。でも自分は動けずにここにいる。黙ったまま、でも心は叫んでいる。辛くて叫んでいる。心はボロボロだけど、消えたいと願う心があるのに、身体は生きていたいと息をする

鼓動が星の数ほど 混ざって避け合って行き交って
迷路みたいな交差点 大丈夫 渡れるよ
誰も知らない 命の騒めき 失くさない ひと粒
どこにいるんだよ ここにいたんだよ
ちゃんと ずっと ちゃんと ずっと

自分があまりに小さすぎて無力に感じて、立ちすくんでしまう。人の波にのまれてしまって動けなくなってしまう。心がざわめいて押しつぶされそうになってしまう。でも藤原さんは「大丈夫 渡れるよ」と言ってくれます

小さくて無力で何もできない自分の命だけど、ここにいるんだ、ここにいたんだ、と心が叫んでいる

誰にも気づかれないような自分の命だけど、ここに「在る」んだ、と気づいて欲しい。そんな心の叫びを唄った歌になっている、と感じました

そしてそんな小さく無力で弱い自分だけど、少なくとも自分だけは自分を認めてあげよう、そして生き続けていこう、という、そんな唄だと思います

ぜひPVを観て聴いて感じて欲しいと思います。いかにBUMPが弱者に寄り添う唄をつくる人たちか、というのを

●今日のメンタルポイント

行動力60点。ウォーキングには出たものの、やろうと思っていたことの半分もできなかった。精神面30点。明日の健康診断が面倒くさくて出社するのが嫌で憂鬱。そして不安感と焦燥感に襲われた一日。今日も動悸がひどかった。総合で45点

●本日撮った写真…0枚

累計 フィルム約35枚・デジタル178枚