アラフィフいろいろありすぎ

精神の病を抱えて人生の道を彷徨うアラフィフ。中年アラフィフが何をどこまでできるのか

Photo No.135 / しばらく休んでしまいました

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Fujifilm X-E2 + VOLNA-9 50mm f2.8

きれいな星ボケできた

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しばらくブログを休んでいました

どうも体調(心の調子)が悪く、Twitterでも最小限しか投稿せず、SNSに疲れを感じでいました

変な言い方かもしれないけど、自分が発信したいことはいくつかあって

・写真を撮っている人であること

・古いカメラが大好きなマニアックな人であること

・イラストを描く人であること

・LINEの着せ替えやスタンプを作っている人であること

・その他BUMPのファンであること

・心の病を患っている人であること

などがあります

自分の写真など、そこらへんの写真が上手な人には遠く及ばないもので、それでも「自分はこんな写真撮るんだよ」ということを伝えたかった

同じようにイラストを描いたり、LINEスタンプや着せ替えを作っていて、販売してますよ、見てくれたら嬉しいです、ということだったり

あ、LINEのスタンプや着せ替えも、相変わらず売れているわけではなく、小遣いにすらならない程度。まあだからこそ、宣伝、というものが必要になってくるわけですが

人と比べて秀でたものはひとつもなく、凡庸な自分

それでも、何かできたら、という気持ちと焦り、そんなものが積み重なって、精神的にいろいろきつくってダウンしていた感じです

職探しもうまくいかず、今は失業保険で最低限度の生活はできているけど、この先の不安が山ほどあって、もうどうしようもなく焦っていて、いろんなことが重荷になっていました

今も、そういう重荷が吹っ切れたわけではなく、ただ自分の今できることに集中している感じが続いています

ここんところの精神状態はあまり良くなく、どこまで頑張ればいいのか、どこまで苦しめばいいのか、というところをずっと感じています

思えば大学を中退し上京、そこから自分の人生はずっと下り坂という感じ。早くに結婚したものの、すぐブチ切れ屁理屈で何でも八つ当たりのように怒ってくる妻に耐えられず離婚。妻が僕の知らないうちに作った借金を自分が背負うことになり、そうこうしているうちに精神的に病んでいき、自殺未遂から救急搬送。そして失職。何とか数年かけて心を少しずつ安定させ、再婚したものの、今度は妻の浮気で離婚。急遽引っ越しせざるをえなくなり、また借金を増やし、そのあと再婚した人はDVで(付き合っているときはその様子は微塵も見えず)再び離婚。そして引っ越ししてまたさらに借金を増やすはめに。自殺することを毎日のように考えていたなか、僕を支えてくれた女性と4度目の結婚でやっと穏やかに暮らせるようになって、ブラックだったけど仕事にもありつけて頑張ってきたのに、それを踏みにじるブラックNPO法人のやり方に耐えられず、失職。借金はまだ残っているし、今の妻に迷惑をかけたくない、もう穏やかに過ごしたい、という思いはあれど、仕事が見つからない現状

もうどうしたらいいのか、と思う。絶望すら感じる。でも、諦めてはいない

今の妻が支えてくれたおかげで今、生きている。その恩に報いなければならない。諦めたらそこで終わり。だから、諦めない

生きている事が辛くなる時があるけれど、今は自殺を考えたりしない。BUMPの曲「HAPPY」の歌詞が、弱った時には頭のなかを駆け巡る

「終わらせる勇気があるなら 続きを選ぶ恐怖にも勝てる」

この言葉に勇気をもらいながら、今日も日々過ごしている

先日、自分の住む団地(URなのだけど)の、同じ入り口? の1階の人が、孤独死した。数日前から1階の踊り場にハエがたくさんいて、なんだろうな、とは思っていたのだけど、そのあと、何か変なにおいがするようになった。これはおかしい、と思ってみたものの、もしかしたら生ごみを放置していたり、ゴミ屋敷だったりするのかもしれない、と思い、スルーしていた。そしてあまりにも臭いが強くなってきたので、通報したほうがいいのかもしれない、と思った矢先、消防車と救急車がやってきて、やはり孤独死だったことが判明。おそらく死後1か月くらいじゃないかと思う。実は不審に思ったとき、悪いと思いながら勝手に玄関先の集合ポストを開けてみたのだ。すると5月1日消印の郵便物が、他の大量のちらしと一緒に入っていた。発見された(僕が通報したほうがいいかもと思った)日は、6月の7日頃だった

人は死んで腐敗するとあのようなにおいを発するのか、と初めて知ると同時に、自分も死ねばああやって「ただの物体」となるのだなあ、と思った。死を望んでいた時には特に感じなかった「死」というものに対する恐怖というか、そういうものを感じた

どんな気持ちで死んでいったのだろう、と考えてしまう。「ありがとう」を言いたかった人もいたかもしれない。「ごめんなさい」を伝えたかった人がいたかもしれない。そういうことが何もできないまま、ただ一人部屋で死んでいく、というのはあまりにも寂しく、そして残酷な現実だと思った

自分がその立場になることが、もしかしたらあるかもしれない、と思うと、やりきれなくなる

自分は生きていていいんだろうか? この落ち続けている人生に、僕の恩人であり、尊敬している、そして誰より愛している妻を巻き込んでいいのだろうか、という気持ちも起きてくる

それでも、と思う

生きなきゃ。諦めずに進まなきゃ、と思う

どこまで生きられるかわからないけど、終わりがきたときに、自分は精一杯やった、とほんの少しでいいから思いたい

終わりよければすべてよし

そうなれるように、まずは今できる事をやるしかないんだよね

何とかこの先に光を見つけたい

見つけるためには、目を閉じて暗闇に隠れてちゃいけない

目を開けて、前をみなければ

今日のメンタルポイントは45点。ここ数日は合格点には程遠い