アラフィフいろいろありすぎ

精神の病を抱えて人生の道を彷徨うアラフィフ。中年アラフィフが何をどこまでできるのか

Photo No.52

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Fujifilm X-E2 + NIKKOR-S Auto 50mm f1.4

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今日も特に何もなく過ごしてしまった。夕方からラジオを聴きながらLINEスタンプ作り。といっても、ひとつしかできてない

部屋の掃除はしたけど、それくらい。PCの充電はすぐ切れるし、何かと集中できない時間が長くて困る

晩御飯を作って食べて、「COLD CASE」と「TIMELESS」を観た

これからもう少しLINEスタンプの作業をしようと思う

今日のぞいていたTwitter界隈ではワニと電通の話ばかり。関係者は否定しているみたいだけど、どう考えても個人レベルでできる話じゃないし、LOFTでグッズ販売とか無理だろうなと思う

死はある日予告なく突然やってくる。そのことをワニくんの何でもない日常を描くことで、毎日どう生きるか、をフィードバックして考える、というこの表現は、とても意味ある深いものだったと思う。ちなみに僕は多分10分の1も実際の漫画を見ていない。あくまで途中と最後の数話を気になって見て感じたことだ

そんな僕がちょっとかじっただけでも感じられるワニくんの漫画の意味、なのだけど、終了したと思ったらその数時間後に、書籍化・映画化・そして多分一番Twitter界隈で反感を買ったのは、「追悼ショップ」としてかなり大量のグッズ販売を始めたことだと思う。読者それぞれが自分のなかで「生きるとは」「死とは」というのを噛み砕き、自分のなかに吸収し折り合いをつける。いい漫画だったね、と余韻にひたり、考える。なのにその過程をすっ飛ばして、死にました→書籍化決定! 映画化決定! グッズ追悼ショップで販売します! どうぞ! という流れに、みんな現実に引き戻されたというのが本当のところじゃないかと思う

例えていうなら、お医者さんが病院で看取って「ご臨終です」と言葉を発したそのすぐ後ろから「ささ、ご家族の方はこちらに。葬儀はこちらで手配します。プランはこれでいきますね。葬儀の段取りはこうなっております」と死を悲しむ間もなく畳みかけるように葬儀会社にプランニングされているような感じ?

電通は関係していないというが、関連会社や電通職員が参加しているわけで、これは関係していないの? って思ってしまいますよね。いっそのこと少しずつオープンにしていけば、そういう販売戦略として漫画の内容とともに受け入れられていったのではないかな、と

と柄にもなく世間の流れに乗った日記を書いてしまった…それくらい今日も何にもしていない、ってことですね…

今日のメンタルポイントは50点。相変わらずぱっとしない毎日。昼間は不安感もひどくて動悸もしていたし。それこそワニくんの漫画の意味をもう一度考えなければ、と思ってしまう。そう、人はいつ死ぬかなんてわからないのだから