アラフィフいろいろありすぎ

精神の病を抱えて人生の道を彷徨うアラフィフ。中年アラフィフが何をどこまでできるのか

Bump of Chicken「HAPPY」を改めて解釈してみる

どのBUMPの曲だって大好きなのですが、この曲も辛い時に心を救ってくれた曲でした

なので、ここでまた自分なりの解釈をしてみたいと思います

藤原さんの詞に込められた想いがどんなものであるか、なんて偉そうなことは書けません。でも、僕がどうこの曲を解釈したか、そして救われたか、それを伝えられたらいいな、と思っています。この曲の歌詞は、とにかく深い、哲学的な感じすらしてきます。ひとつの文学、と言っても過言ではないのでは、とすら思いますが、それは僕が好きすぎるからかもしれません(汗)

ちなみにこの曲はYoutubeでまだMVが観られます(2020.02現在)

www.youtube.com

 

HAPPY / Bump of Chicken(作詞作曲・藤原基央

 

健康な体があればいい 大人になって願う事
心は強くならないまま 耐えきれない夜が多くなった

 

人は誰でも、年月が過ぎれば大人になっていきます。身体も大きくなってきます。力も強くなっていきます。でも心は? 歳を重ねれば重ねるほど、悩みも増えて考えなきゃいけないことも増えて、そうして「耐えきれない夜」が増えていきます

 

少年はまだ生きていて 命の値段を測っている
色々どうにか受けとめて 落書きの様な夢を見る

 

「少年」は耐えきれない夜を幾つも重ねて、でも「まだ」生きています。まだ、というのがポイントで、本当はもう終わらせてしまいたいくらい「耐えきれない」のかもしれません。そんな毎日のなか「命の値段を測って」います。生きる意味とは?僕の命なんてどうせ、みたいなそんな心境ではないかなと思います。それでも「どうにか受けとめて」夜を過ごし「落書きの様な夢」を見ます。曖昧でぼんやり、全然具体的ではないし「落書き」というくらい雑な夢

 

優しい言葉の雨の下で 涙も混ぜて流せたらな
片付け中の頭の上に これほど容易く日は昇る

 

そんな辛い時、周りの人がかけてくれる「優しい言葉」は、嬉しいものです。そんなふうに周りのみんなにかけてもらった「優しい言葉の雨」に、自分の苦しみ、辛さも流してもらえたらどんなに楽になれるだろうか?

でも実際はかけてもらった言葉でその時は楽になるかもしれないけれど、流れてはしまいません。結局胸の中に残っていて、解決するのは自分自身しかいません。そんなモヤモヤした「片付け中」の毎日で、どんなに辛い夜を過ごそうとも、また朝は来ます。時間は自分のそんな苦しみとは関係なく、ただ過ぎていくのです

 

悲しみは消えるというなら 喜びだってそういうものだろう
誰に祈って救われる つぎはぎの自分を引き摺って

 

悲しい事は時間が忘れさせてくれる、なんて言葉で慰められても、「え、じゃあ喜びの感情だって、時間がたてば消えるものだよね」というこの部分は、とても藤原さんらしい捉え方だろうと思います。悲しみ辛さだけ消える、なんて都合のよい事はないんですよね

そしてそんな傷だらけで何とか毎日を過ごしている「つぎはぎの自分」。自分の心を救えるのは自分自身だけなんですね

 

闘う相手さえ解らない だけど確かに痛みは増えていく
教わらなかった歩き方で 注意深く進む

 

自分はこんなに辛い思いをしているけど、じゃあ結局どうしたいのか?わからないまま毎日は過ぎていくし、痛みは増えていく。でも自分自身がまず乗り越えるしかないから「教わらなかった歩き方」で、これ以上傷を深くしないよう、注意深く進むしかないのです

 

膨大な知識があればいい 大人になって願う事
心は強くならないまま 守らなきゃいけないから

 

歌詞の1番に対比するように、今度は「知識」を求めます。大人になって身体は強くなっても、心が勝手に強く成長してくれるわけじゃないから。そしてそんな弱い心を守るためには「知識」を深めて乗り越えようとします。どんなに強くない心でも、自分の命も人の命も含めて「守らなきゃいけないから」

 

少女はまだ生きていて 本当の事だけ探している
笑う事よりも大切な 誰かの手を強く握って

 

2番の歌詞は「少女」が主役です。少女もそんな知識を盾に心を守ってきたけど、やっぱり辛い事が多いのでしょう。「まだ」生きています。自分を犠牲にしてでも守りたい大切な誰かのために、生きていく姿が描かれています

 

優しい言葉の雨に濡れて 傷は洗ったって傷のまま
感じる事を諦めるのが これほど難しい事だとは

 

優しい言葉は嬉しいもの、先ほども書きましたが、そんな言葉だけで簡単に楽になれないのは「傷は洗ったって傷のまま」だからです

言葉が傷を一瞬で治してくれるわけではないし、傷は治るまでやっぱり痛む。心の傷だっておんなじです。傷はどんなに優しい言葉で洗っても、傷なのですね

そうして少女は思います「感じる事を諦めるのが これほど難しい事だとは」

いっそ心を無くしてしまいたい、と願おうとも、そうはいきません

 

終わらせる勇気があるなら 続きを選ぶ恐怖にも勝てる
無くした後に残された 愛しい空っぽを抱きしめて

 

「終わらせる」つまり、自ら死を選ぶこと。そんな勇気があるなら、「続きを選ぶ恐怖にも勝てる」と藤原さんは言います。自ら死のうとするのは、誰だって本能的に怖いです。ものすごい恐怖です。でもそれを選ぼうとする「勇気」があるなら、苦しく辛くても生きていく、という「続き」を選ぶその怖さにだって勝てる。命を終わらせる勇気ではなく、同じ勇気なら命を続ける勇気を選ぼう、と

何もかも無くした、そんな事もあるかもしれません。でも何もない、というのは藤原さんの考えでは「何もない空っぽ」がそこにあるんだ、と何かのインタビューで答えていたことがあったと思います。何もない、なんてことはない、ちゃんと「空っぽになった自分の心」がそこにあるよ、と言っているように聞こえます

 

借り物の力で構わない そこに確かな鼓動があるなら
どうせいつか終わる旅を 僕と一緒に歌おう

 

誰かがかけてくれた優しい言葉や、誰かの援助を受けたり、自分自身の力だけで無理矢理乗り越えようとしなくたって、人の力を借りていいんです。今、心臓が動いていて「そこに確かな鼓動があるなら」それでいいんです。生きようよ、という言葉

人生はどうやったって、生から死へ向かう「旅」のようなものです。自分で終わらせようとしなくたって、「どうせいつか終わる」のです。その旅を、共に歌おう、と藤原さんはいいます

 

Happy Birthday

 

この言葉が実はとても重要な気がします。この曲はバースデーソングではありません。でも、誕生日を祝う時は「ハッピーバースデー」ですよね、当たり前に。そう、バースデーはそもそも「Happy」なのです。生まれてきて、歳を重ねる、ここまで生きてきた、その「生きている」ことそのもの、そこにあなたが存在すること、それが「Happy」な事なのです

 

優しい言葉の雨は乾く 他人事の様な虹が架かる
なんか食おうぜ そんで行こうぜ
これほど容易く日は昇る

 

いくら優しい言葉をかけてもらおうとも「雨は乾く」、時が経ては消えてしまうものと一緒。そして自分の心のありようとは関係なく、虹が出て、そうして時間は過ぎていくのです。毎日は自分の意志とは関係なく過ぎていくのです。どうせ勝手に過ぎていく時間なら

「なんか食おうぜ そんで行こうぜ」

とりあえず食べてさ、とりあえず、歩いてみようよ

前でも後ろでも歩いてみようよ。人生という旅の先に進んでみようよ

そんな風に思えるようになれたときに、本当に辛い時「ああまた朝が来た」と毎日朝が来るのが嫌だった気持ちが嘘のように、今度はあっけなく毎日が来ることを受け入れられてしまいます。なんだ、「続けるのは」こんな簡単なことなのか、と

 

悲しみは消えるというなら 喜びだってそういうものだろう
誰に祈って救われる それよりも大切な手をとって

 

悲しみの感情も喜びの感情も、時間がたてばいつか消えてしまうもの

でも確かなことは、誰に祈っても救われないし、人の力を借りたっていい、借り物の力でもいいから、「自分」が解決していくしかないこと。祈ることなんかより、今大切なものをしっかりとつかんで離さないこと、なんです

 

勝ち負けの基準も解らない だけど確かに守るものがある
教わらなかった夢と共に 少年は大人になった

 

人生勝ち組負け組、なんて言われるけれど、そんな基準なんて誰から見ての基準?という話ですよね。そんな勝ち負けなんてどうだっていい。自分が守ろうと思うもの…それは人であったり想いであったり夢であったり、いろいろあるでしょう

そうして「少年」は「大人」になっていきます

 

続きを進む恐怖の途中 続きがくれる勇気にも出会う
無くした後に残された 愛しい空っぽを抱きしめて

消えない悲しみがあるなら 生き続ける意味だってあるだろう
どうせいつか終わる旅を 僕と一緒に歌おう

Happy birthday

 

「続き」つまり生きることを選んでいくなか、やっぱりたくさんの辛さ悲しさ苦しさ、恐怖と出会うことでしょう

でも、その「続き」のなかで得る事のできる「勇気」もあります

自分が抱える「空っぽ」のなかに、その勇気を詰めていけばいいんです

辛く苦しい記憶だって、それを乗り越えてきたあなたの「勇気」の記憶です。勇気をもらった記憶と思えばそれは辛い出来事ではなく「生き続ける意味だってあるだろう」と思います

どうせいつか人は死ぬのです。死へ向かう旅。その旅を一緒に歌おう

Happy birthday

生きてきている、存在していることがHappyなんだ、と

 

僕自身、一度自分を終わらせよう、として病院に救急搬送されたり、いろいろありました。今だって正直、常に病気と向き合っていて、今こんな風に文章を書いていろいろわかったような言葉を書いているけど、じゃあ自分はいろいろ乗り越えて来られたのか、と言えば、疑問だらけです

いつも迷いいつも失敗ばかり。ダメな自分といつも向き合っている感じ。それでも、毎日できたことを褒めてやろう、と思いながら日々過ごしています

そんなある日、僕はBump of Chickenの曲と出会って、これほど弱者に寄り添ってくれる、そのままでいいんだ、と上っ面の言葉でなく、伝えてくれるバンドがほかにあるだろうか、と感じて、それ以来、ファンで居続けています

Bump of Chickenの曲がなかったら、僕はきっと今この世界に存在していないのではないか、と思うほどに、彼らの音楽に救われてきました

弱いキミのままでいいんだよ

彼らはそう言ってくれているように思います